22
2016

いちごパンツは本当に存在するのか?哲学的に考えてみた。

CATEGORY大学勉強
500_O3_ICHIGO-xs.png


「いちごパンツは本当にそこに存在するのか?」

今日はこのテーマについてを哲学的に書いていきたいと思う。

一見、諸君らの中にはこのいちごパンツという
テーマに違和感を覚える者もいるとは思う。

だがいちごパンツとは
まさに人類にとってはなくてはならないものであり、

スカートの中の銀世界とも呼べる未知なるものであり
なおかつ創造性を育む意味で学問的にとても良いテーマである。

私はそれについて疑う余地はないと思っている


本当のいちごぱんつ




さて、いちごパンツははたしてそこに存在するのだろうか?

仮に。仮にだ。

いちごパンツをamazonで購入し、
届いたパンツを机の上においてみるとしよう。

一見していちごぱんつはふかふかもふもふで、
なおかつそこに存在しているということは疑わないかもしれない。

だがこれは間違いだ。


なぜならば、本当のいちごぱんつを我々は見る事ができないからだ。

これはどういうことか?

いちごぱんつは確かに机に存在していることは疑いのないように見える。

しかし、光の当て方や見る角度を変えるといちごぱんつは
簡単にもその姿を変える。


触ってみた感触や、くんかくんかと匂いをかいでみても

それは脳が与えた電気信号なだけで、本当のいちごぱんつではないからだ。

本当のいちごぱんつとは我々が存在している別の空間に存在していると言えのだ。


なぜならば、我々ができるのは、五感を頼りにして知った、
いちごぱんつはこういうものということしかわからないからだ。

いちごぱんつに近しいモノ




だが、安心したまえ。悲観することはない。


確かに本当のいちごぱんつを我々は知ることはできない。

しかし、我々人類は確かにいちごぱんつを見てきており、その存在については
疑問の余地はない。

肌触り、におい、見た目など、我々人類が共通認識として
いちごぱんつというものを知っているのだから、いちごぱんつは

こういうものだろう、という予測は立つのだ。

本当のいちごぱんつを知ることはできない。


しかし五感などから感じることのできる

本当のいちごぱんつに近しいものについては解ることができるのである。


これはいちごぱんつが存在するのかという?という疑問に対してとても重要なことである。

結論



いちごパンツがは存在するのか?

ということの結論としては


本当のいちごぱんつを見ることはできないことがわかった。。

けれど、今までの経験やら共通認識を通して、どうやらいちごパンツとはこういうものだ
という予測ができることもわかった。

諸君らも是非ともイチゴぱんつを手にとってもらって
哲学的論考に耽ってほしいと願い、今日はペンを置こうと思う。



2 Comments

ネコタ  

私はいちごぱんつという物を知らない。だが、しましまぱんつなら知っている。

この哲学的論説を読んで、いちごぱんつという物を認識出来なかったため、この論説では哲学的な結果をもたらさなかったと言えよう。

では、失礼。

2016/11/22 (Tue) 22:23 | EDIT | REPLY |   

ゆうひのぼる  

コメントありがとうございます。

ネコタ君。興味深い意見に礼を言う。

しましまぱんつか。うむ。ネコタ君は趣味が良いな。

是非ともしましまぱんつについても学術的に論じてみたいものである。

2016/11/24 (Thu) 05:32 | EDIT | REPLY |   

Leave a comment