06
2016

努力に意味があるのか?ー努力が報われる方法を考えてみた

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こんにちは!ゆうひです。

最近考えていることとして
「努力」というものがあります。

人それぞれ生まれ持った環境などによって
才能や能力は決まってくるのは周知の事実であって

はたして、努力をする意味があるのか、また努力をすることによって
どのようなことができるのかなど、
今日は努力について考えていきたいと思います。


努力には2種類ある



個人的には努力をする場合、一概に努力と言う言葉だけで
話をするとまぎらわしいことがあるので
努力の方向性を2種類にわけたいと思います。

1つ目は目標やそれに対する手段が明確にわかっている場合の努力。

これは到達までを逆算した場合の努力で、主に受験勉強や、資格の勉強など
過去の成功事例などを基にしてある程度の筋道が見える場合の努力のこと。

身の丈にあった努力とも言えます。

2つ目は、目標に対する手段が明確にわかっていない場合の努力。

例えば、まったくスポーツをしていない人がプロ野球選手目指すこと。

例えば、今までランニングを全くしてなかった人がいきなりフルマラソンを走ること。

これは目標に対する手段がわかっていなために目標に対する結果が得られにくい難点が
あります。


2種類の努力は混同されがち



以上の2種類の努力はかなり混同されがちです。

そして私が思う意見としてはどのような努力であれ
2つ目の努力になりがちだと思っています。

私が大学受験に失敗し浪人生活を送ることになったのも
「目標に対する明確な手段がわかってなかったから」
です。

ぶっちゃけた話、世の中のほとんどのことは
この明確な手段を実行さえできれば、
自分の目標に到達することができると思っています。

ただバットも振ったこともないのに
プロ野球選手を目指したりするという目標は
その目標に対する手段を持ち合わせていないのです。

なぜならばバットを振ったこともない人は
プロ野球選手だったら当然持ち合わせていなければけない
正しいフォームによるスイングとさらにはスイングスピードや
ボールを遠くに飛ばすための体を
持っていないからです。

これは目標がまず間違っています。

バットを振ったことが無い人は「バットを振ること」
を目標にし正しくバットを振るためにはどうすればいいのか
という「手段」を明確にしてこなしていけばバットは振れるようになります。

努力をする上で2番目の人になってしまいがちの人は
目標決定が曖昧なことと、目標に対する明確な手段が不明瞭な点があります。

逆に言えば目標設定を間違えずに、目標に対する明確な手段さえ決まっていれば
かならず努力は報われるということでもあります。

私も、ランニングやダイエット、絵本製作やブログなど
色んなことを行っていますが、この目標設定にはかなり気をつけて
その手段も毎日改善しながら行っています。

ランニングで言えば、最初は習慣にすら成らずにすぐにやめてしまいました。

無理をして捻挫をしたりもしてしまいました。

その後、20分間やっと毎日走れるようになりました。

それから30分。40分。1時間と少しずつ目標設定を上げていって
今では毎日1時間10km走ることができています。

おそらく最初に1時間10km走るという目標設定をしても
習慣にすらならずにやめてしまったでしょう。


まとめ




努力とは、目標とその手段にすべてが集約されていて
自分の能力や環境と照らし合わせて目標を決めて、

それを達成するためにはどうすればいいのかという明確な手段
を明らかにしていって、だめならば日々改善するように心がければ
かならず結果として表れると思います。

なぜならば、当たり前ですが結果になるように目標に対する
手段を明確にして行動しているからです。

もし目標に対する結果がでないのならば、
目標もしくはその手段が間違っているということです。



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